森村商事株式会社

歴史コラム:森村豊の渡米①

森村豊の渡米①  「金ぴか」ニューヨークへ渡った森村豊

モリ今回から3回にわたり、創業者の森村豊さんが貿易業を志してアメリカに渡り、ニューヨークでビジネスを開始するまでの経緯についてご紹介します。これらは、「モリムラ・ブラザーズ」として開業する以前の話です。

市左衛門と豊の2人は、当時市左衛門が営んでいた「モリムラ・テーラー」という洋服仕立て屋の2階の一部を事務所として、1876(明治9)年に、貿易商社「森村組」を設立しました。

豊のように商業実習生として集められた者は全部で5名おり、それに佐藤を加えた6名は、その時渡米した船名が「オーシャニック号」であったことから、「オーシャニック・グループ」として知られています(図1)。この時、佐藤は23才、豊は20才でありました1。一行は、1876年3月10日に横浜を発ち、サンフランシスコ経由で、同年4月10日にニューヨークに到着しました。この6名の若者たちが、まさに現代まで続く日米貿易の道を切り拓いたのです。

図1 オーシャニック・グループ(1876年撮影)

注)前列中央が佐藤百太郎、後列中央が森村豊 森村商事株式会社『森村百年史』 2頁

さて、当時のニューヨークは、のちにマーク・トウェインとチャールズ・ウォーナーの共著2が「金ぴか時代(Gilded Age)」(南北戦争終結後の1865年から1893年恐慌頃までを指す)と表したように、急速な資本主義の発展により、利益や富などの物質的な価値が追求される時代でした。表面だけは金色に輝いているが、中身は安っぽい卑金属の時代、という意味です3。熾烈な競争に勝ち抜いた企業家が巨大な富を獲得する一方で、敗者は惨めな生活に陥り、アメリカ国内の貧富の差は広がっていました。ちなみに、このような19世紀後半のアメリカに対する否定的な捉え方は、長きに亘りアメリカ国内でも根強いものでした。しかし1980年代頃から、この「金ぴか時代」がアメリカ独自の主要産業と技術力を育て、グローバルな市場における競争力を築き、現代につながるアメリカの経済的発展や国際的地位の上昇に影響をもたらした時代として、積極的な評価がなされるようになってきています4

このような発展期の中で、当時のニューヨークは、都市化の進展と移民の大量流入により様々な人種が入り交じり、自由で活気ある雰囲気に包まれていたと想像されます。森村豊も、この移民の一人として、日本の兄の意志を背負い、ニューヨークの地でビジネスを開始したのです。

今給黎佳菜(博士、お茶の水女子大学修了)

page top